パンタナールの聖地を中心とした霊的摂理と実体摂理

Updated: May 22


2021年8月19日 2:20AM ブラジル、マト・グロソ・ド・スル州、サロブラにて

(オリジナルの録音データは8月にいただきましたが、より内容を明らかにするために2022年の1月にパラグアイで直接面接で話を聞き、内容を追加しました。これは第二の証です。最初の証はこのリンクで読むことができます。また、2021年11月にナビレケの聖地をピーター・パウロ氏と訪問した時の様子のビデオはこのリンクで観覧ください。ーOHS)


(追記:「パンタナール」はブラジル、パラグアイ、ボリビアの一部を含む、湿地帯のことを指しています。もちろん、パラグアイにあるプエルト・レダもパンタナールの一部です。1999年5月14日には「天宙解放式」がナビレケで行われ、7月27日には「源焦聖地、根源聖地、勝利聖地」を制定され、1999年8月1日には、日本国家メシアたちをナビレケに集められ「レダ・プロジェクト」が出発しました。レダには日本食口の代表とも言える全ての日本人国家メシアたちを配置され、この日が「天地が新しく出発する大統一の日」であり、「レバレンド・ムーンの最後の生涯の結実を結ぶ所がパラグアイ」であり、「天宙全ての復帰の中心的使命がエバ国にある」と語られました。レダがパンタナール建国の実体摂理であることは明らかです。ーOHS)


はじめに


2021年の半ばに発表した最初の証言は、サロブラとナビレケを救うための必死の行為でした。しかし今でも、これらの神聖な場所の重要性と、そこに込められた摂理を人々に理解してもらうことは困難です。


最初の証言が記される以前に、実はナビレケのホテルアメリカーノは、強盗に襲われ焼かれてしまいました。私の心は引き裂かれています。私は号泣し、今はもはや涙が出なくなっています。ここサロブラとナビレケで何が起こったかを、この世界は必ず知るでしょう。それを強調しすぎることはありません。私はそれを確信しており、私はここで起こっているすべての出来事の証人です。



地元の人々は実際に何が起こったのかを知っていて、サロブラとナビレケ両地域において起こったことに対する証言者たちです。今日、これらの人々は、この地域に足跡を残された文鮮明師が誰であるかを知っています。私は、私の証言を記録し翻訳することができる人々を通して、「パンタナールで何が起こったか」について、部分ごとに今後も継続して証言を残していきます。パンタナールに来られた真のお父様のボートの中では、本当に不思議なことが起こりました。もしあなたが本当に海洋摂理に興味を持っているなら... いいえむしろ、全ての食口は興味を持つ必要があるのですが...、あなたはここパンタナールで実際に起きたことの真実を知る必要があります。


私は将来、次のことについて語ろうと考えています。真のお父様はどのように神様を解放されたのか。なぜ真のお父様は、ジャルジン摂理をパンタナール摂理から切り離されたのか。パンタナールでの霊的摂理へ関与されたイエス様について。3億6千万双祝福と、いかにしてその祝福が可能になったのか。地獄の解放と、天国と地獄の間の門の開放が段階的にどのように起きたのか。ヒトラーや仏陀のような人々がどのように救出され、どのようにして彼らが以前に属していた霊的階層から連れ出されたのか。彼らが真のお父様をメシアとして、どのように受け入れたか。歴史的犯罪者たちはどのように祝福されたのか。朴マリアを赦された過程について。僕(しもべ)の僕の立場から出発された真のお父様が、王の位置を勝利され、宣布された瞬間について。真のお父様が2001年に去られた後、これらの神聖な土地で何が起きたのか。その歴史を保存するために私はどのように活動したのか。その時以来の全てを伝える方法を見つけるために私はどのように歴史を研究したのか。


しかし私には話せないことがあります。真のお父様は、ある内容について、私の黒い髪がなくなる60歳か70歳頃になるまで、「人々に話さないように」と私に命じられました。なぜお父様はそのようなことを言われたのでしょうか?


なぜ未来の世代だけが理解する内容なのでしょうか?真のお父様がこのことについて公然と話されたとしても、人々は理解しなかったからです。レバレンド・ムーンをも理解しなかったとしたら、どうやって人々は、私が言うことを理解するでしょうか。


しかしながら、現在起こっていることを見るにつけ、特に、パンタナールの歴史を軽視しているこの地の人々を見るとき、私はこの摂理についてもっと詳しく伝えたいと思うようになりました。


そのため、このメッセージは、私が将来伝えたいことを準備するためのものです。この証言は、海洋摂理とパンタナール摂理についてであることを、読者の皆様が覚えておいて下さることを願います。



私たちはまず心を開かなければならない


いかにすれば私たちは真のお父様と摂理を理解できるでしょうか。


ニコラ・テスラは、もし私たちが、エネルギー、周波数、振動を研究すれば、宇宙について驚くべきことを発見できると言いました。


今日、私は人々の心や精神が閉じているのがわかります。真のお父様は、「人々は韓国語を学ぶかもしれませんが、すべてを理解するわけではありません。しかし、彼らが心を開いた場合、彼らはすべてを理解するでしょう」と話されました。


イエス様は、いつもご自分の心、イエスの心情について話されました。イエス様がご自分の「心」を手に持って、それを人々に見せている絵画すらあります。なぜイエス様はご自分の「心」を取り出したのでしょうか?イエス様は「心」を見せることによって、人々に何を見せたかったのでしょうか?それは、「心が本質である」ことを見せたかったからです。なぜなら、心の「愛する気持ち」が人々に欠けていたものだったからです。


アダムとイブが堕落する前、神様はどのようにして彼らと話されたのでしょう? 120年間、ノアは箱舟を建てるために神様に忠実であり続けました。ノアはどのようにして、見えない神様と話すことができたのでしょうか。


それは「心」を通じてでした。神様には声がないので、私たちの心を開く必要があります。私たちが神様と意思疎通ができるのは、心と、心に強く結びついている良心の感覚を通してです。


私たちは良心に耳を傾けるとき、これをやるべきか、あれをやるべきか、それともこれは良いのか悪いのかを、心の中で感じることができます。あなたは感じることができます。しかし多くの人々はこれを心の中で感じていません。彼らはただ精神に耳を傾けるだけなのです。良心が精神に関係していると考えているのです。


非常に知性的な人もいますが、しかし心がない場合、ただ頭が良いというだけです。知性は、真の意味で神様を知る能力や、真の意味でイエス様や真のお父様の本質を理解できる能力を与えてはくれません。知性を持つことは、神様を知ることを保証するものではありません。もしそうであるなら、今日、大学に行って博士号を取得した人々がこのように多くの罪を犯すことはないでしょう。


一方、良い心を持ち、腐敗のない人は自然人です。このような人はシンプルな生活を送っていますが、その心の中には神様がいます。「真のお父様を中心にパンタナールで何が起こったか」を理解するためには、開かれた精神と開かれた心をもつ必要があります。


私自身、心を開いたかどうかはわかりませんが、しかし真のお父様は、すべてを体験し証人になることを私に許可されました。お父様は私に向かって「あなたは、ここで経験したことの全てを見ること、感じることを許された。この経験を保存しなさい。それはとても貴重です。それを人類に向かって明かしなさい。あなたはピーターパウロですから、使徒ペテロと使徒パウロの二人が一人の中にいます。このことを忘れないで、証を大切にし研究しなさい」と語られました。


私は、当時のお父様は私に大学に行けと言われたのかと思っていましたが、しかしそうではなく、それは私がこの摂理について勉強する必要があることを意味していました。


真のお父様の話のされ方


真のお父様は、もし誰かがお父様の心と繋がることができれば、お父様は7年間で驚くべきことをすると説明してくださいました。


あるとき、お父様が体を揺らしながら祈祷されておられるのを私は見て、お父様は何を祈っておられたのかと金会長に聞いてみました。お父様は、祈りの最中でさえも非常に敏感で、どんなに私が静かに話しても、頭を上げられ、私が何を話しているのかをお尋ねになりました。お父様はパンタナールについてすべてを知りたかったので、私が言ったことすべてをお聞きになりたかったのです。

金会長が、私がお父様の祈りについて尋ねていたことを説明したとき、お父様は座る方向を変えられ、私の顔をご覧になりました。当時私たちが乗っていたボートはアルミ製で長さ6メートルでした。お父様が私の方を向いて話し始められたので、私は理解しようと努力したのですが、頭が痛くなりました。お父様はこの様子を見られ、私が理解できるように、私とのコミュニケーションをさらに一生懸命に試みられたのです。


私がファーザー・ムーンとどのようにしてコミュニケーションをとったかを、人々は幾度も聞いて来ましたが、その質問は少し前提が違います。お父様を理解する能力を私が持っていたのではなく、お父様の能力が私とのコミュニケーションを可能にしたのです。それは言葉によるコミュニケーションではなく、感覚と心によるコミュニケーションでした。


ある日、お父様は「パンタナールに来る前、千年後にはサタンに関連するすべてのものがなくなるように祈っていた」と私に言われました。それを聞いた私は、「もし教会員たちがこの祈りを知ったら、千年が経過する頃には我々のうちの誰ももうその頃にはいないので、彼らは教会を続けたいとは思わないだろう」と思いました。

すると、お父様は私に向かって、「しかし、私がパンタナールに来て、パンタナールに出会ったので、すべては瞬く間に解決することができる」と言われました。この時、お父様は、「瞬く間」を表現するために両方の目で瞬きをされました。それからお父様は「7年以内にすべてが解決される」と言われました。お父様は指を動かして数字の7を描かれ、次に手を動かして「統一」を表現されました。


周りの人たちはお父様を「老人」と呼んでいましたが、私は「年取ったレバレンド・ムーン?」と首をかしげました。私は自分のことを強い人間だと思っていましたが、お父様のペースに付いていくには、過酷なほど真剣にならざるを得ませんでした。お父様のルーティンに従うことができる人は誰もおらず、私はお父様のルーティンに従うことを挑戦と思うと同時に、そのことに誇りを感じました。それで私は、お父様がボートでどこかに行きたいと言われたときは、お父様がボートに到着する前には、必ず私が先に到着するようにしました。私がボートに到着すると、お父様は3分から5分間のうちに到着され、それは競争のように感じました。私がこのようにすればするほど、お父様は私をもっと好きになられたようでした。


私は決して怠けませんでした。お父様と霊的な事柄に関わっていたので、私にとってそれは冒険であり、もっと見たいと思っていました。私は好奇心に満ちており、お父様が見ることのできるすべてのものを見たかったのです。私は、お父様が助けを必要としていることが分かりました。私は霊的に敏感なので、目の前にいるお父様が人々を救っておられるのがわかりました。しかし、私は誰にも何も言うことができませんでした。ですから、私がお父様を慰労してさしあげようとした一つの方法は、常にお父様と関わることでした。けれどボートを降りている間は、私はいつも大変な思いをしました。まるで現実に引き戻されるような感じで、お父様と共にいないことを寂しく思いました。そして今日まで、ずっとそうなのです。


神様や真の父母様と交流するためには、私たちは心を使う必要があります。真のお父様は、私と話すために沢山の努力をされ「心の言葉」を使われました。そして私もお父様の心を理解するために努力しました。


目的地に到達するまでの道程の重要性


レバレンド・ムーンが多くの人々のために結婚を執り行っていることをはじめて聞き、正装を身に着けた多くの人々で埋め尽くされたスタジアムの写真を見たとき、私は、「でもこの人は、今、私のボートの上で釣りをしている。私は、川の底で不思議な物事を見ているが、それはこの写真の中で起こっていることとは何の関係もない」と思いました。写真で見るお父様と実際に見るお父様は本質的に異なっていました。


私たちがひとつ理解しなければならないことは、私たちは真のお父様が成し遂げられたことを見て認識できるのですが、それを成し遂げるために真のお父様がたどらなければならなかった路程を理解しておらず、感謝していないことが多いということです。お父様は多くの公式宣言をされましたが、その前に必要な諸条件を達成されなくてはなりませんでした。



お父様が目的地に到着する前には、完了しなければならない困難な道が常にありました。たとえば、真のお父様は、パンタナールに来た当時は僕(しもべ)の中の僕の位置から出発されて条件を立てられ、その上で王の地位をパンタナールで獲得されました。しかし王冠は地球の反対側の韓国で受けられたのです。


そのように戴冠式は一日で起こりましたが、それは結果でした。その結果に到達するまで、真のお父様がパンタナールで膨大な霊的条件を立てられた路程があり、私は同じ場所でお父様を見守り、その作業に参加させていただきました。


もし読者の皆さんがサロブラについて私の最初の証言を読んでおられたら、真のお父様がサロブラで、サイン(しるし)を探されたときの3日間の条件について知っていることでしょう。その日、真のお父様は、「今日、私はここに来て3日間滞在します。私はサイン(しるし)を見つけに来ましたが、もし3日以内に見つからなければ、アフリカに向かって出発し、二度とここに戻ることはないでしょう。あなたは自分の責任を理解していますか?」と語られました。


その時、私はお父様に、「ミランダ川には魚がいないので、代わりにサロブラ川に行く必要があります。未だに誰一人足を踏み入れていないところがあります」と説明しました。お父様はそれを聞いてとても嬉しそうでした。お父様は、すぐそこに行ってその場所を見つけたいと願われました。


それで、私たちはそこへ向かいました。それまでそこにはどんなボートも入ったことがないということは真実で、私たちはその場所に入ることができました。この旅の詳細については、別の機会にお話しします。結局、お父様が見つけようとしたサインは、まだ誰も足を踏み入れていないこの場所とは何の関係もありませんでした。


3日間、お父様はサインを探し続けました。そしてお父様は、「それを見つけなければ、お父様はアフリカに向けて出発するだろう」と強調されました。しかし、お父様が探しておられたこのサインは何だったのでしょうか?


その当時、その釣りのスポットは私にとっては初めてであり、それはとても遠いところにありました。サロブラからそこに着くのに約3時間半かかります。そして下流にあるために戻ってくるのに約4時間半かかりました。しかし遂に、3日目の、私たちが帰る時間に近い午後3時30分過ぎに、お父様はパクーを捕まえられました。


そのようにして3日間の終わりに、お父様はパクーを捕まえることができたのですが、それは結果であり、お父様にとってより重要だったことは、そのパクーを捕まえることにつながった条件とその路程でした。


お父様は本当は何を探しておられたのでしょうか?お父様は歩むべき路程のために、真剣にその責任を持つ誰かを必要としていました。それで、お父様はそのような人を見つけて、結果としてパクーを捕まえたとき、お父様はここにとどまり、アフリカに向けて出発しないことを決断されました。なぜならこのサインは、摂理がこの場所で成されることを意味していたからです。


当時、その3日間、ボートにはもう一人の人が乗ってました。彼の名前はクーベー朴氏でした。彼はウルグアイから来た人で、サロブラで釣りをした初期の釣りの時、朴氏はお父様と私と一緒でした。 3日間の条件が完了し、サロブラから去られた時、私はお父様がアラスカに行かれたと聞きました。その後お父様がサロブラに戻ってこられたとき、お父様は沢山の釣り道具を一緒に持って来られたのですが、私にはお父様が別人のように見えました。お父様は真剣そのものでした。


このようにして、パンタナールでの霊的摂理の出発がなされました。


パンタナール摂理の二つの側面


パンタナール摂理の目標は何だったのでしょうか?真のお父様がサンパウロとジャルジンで幾度も説明されたように、南アメリカとパンタナールでの目標の一つは、理想的な村、国を建設し、エデンの園を復帰することでした。このことは1995年3月31日の第二次40年路程出発時のサンパウロ宣言で説明されています。


パンタナール摂理は二つの側面で構成されています。霊的な側面と実体的な側面です。


実体的な摂理はジャルジンのニューホープファームにおいて、パンタナールに実質的で具体的な国家を建設する試みによって始まりました。その摂理にはジャルジン 、サロブラ、ナビレケの三段階がありました。サロブラとナビレケは、世界最大の湿原地帯であるパンタナールにあります。


真のお父様は、パンタナールに「国」を建てたいと考えておられ、「理想村」または「復帰されたエデンの園」を建設するという表現もされました。国として、私たちは物理的な土地を持たなければなりませんでした。この土地は、誰一人として触れていない場所になければなりませんでした。


神様は堕落によって人類を失ったので、神様は地球上のどこにもとどまる場所がありませんでした。神様には神様が住むことができる国がありませんでした。したがって、この実体的な摂理の鍵となる目標は、「神様のための実体の国家を確立すること」でした。


この国は最終的にはパンタナールに建設されることになっていたのですが、それは最初にジャルジンで始まりました。国を建設するための実体的な摂理の段階は、ジャルジンで始まり、サロブラを通過し、ナビレケで完結するようになっていました。


パンタナールの霊的摂理


パンタナールの霊的摂理には、霊的国家の確立、地獄の解放、サタンの屈服、ルシファーの解放、そして神様の解放が含まれます。霊的国家の建設は、3億6千万双祝福を基台として行われました。


真のお父様は、7年の内にパンタナールの霊的摂理のすべてを解決することができました。その7年間で、お父様は神様の解放さえ、この場所でされたのです。真のお父様は、「パンタナールで過ごす一年は、お父様の10年の人生に等しい。ゆえに、パンタナールでの7年間の献身は、ここで70年を献身することに等しい」と言われました。お父様はこのことを幾度も語られました。それがお父様が一秒をも決して無駄にすることができなかった理由でした。


どのようにして神様の解放が起こるのでしょうか。神様の解放は、地獄が解放され、神様の苦痛の最大の源であるサタンが真の意味で悔い改め、ルシファーとして戻って来たときに初めて成されるのです。パンタナールで霊的な摂理を行っている間、お父様はイエス様と共に、この大きな目標に向けて細心の注意を払って歩んでおられました。


真のお父様はどのようにしてサタンの自然屈服が起こる原因をつくられたのでしょうか。真のお父様がパンタナールに来られる前、お