top of page

パンタナールの聖地を中心とした霊的摂理と実体摂理

Updated: May 22, 2022


2021年8月19日 2:20AM ブラジル、マト・グロソ・ド・スル州、サロブラにて

(オリジナルの録音データは8月にいただきましたが、より内容を明らかにするために2022年の1月にパラグアイで直接面接で話を聞き、内容を追加しました。これは第二の証です。最初の証はこのリンクで読むことができます。また、2021年11月にナビレケの聖地をピーター・パウロ氏と訪問した時の様子のビデオはこのリンクで観覧ください。ーOHS)


(追記:「パンタナール」はブラジル、パラグアイ、ボリビアの一部を含む、湿地帯のことを指しています。もちろん、パラグアイにあるプエルト・レダもパンタナールの一部です。1999年5月14日には「天宙解放式」がナビレケで行われ、7月27日には「源焦聖地、根源聖地、勝利聖地」を制定され、1999年8月1日には、日本国家メシアたちをナビレケに集められ「レダ・プロジェクト」が出発しました。レダには日本食口の代表とも言える全ての日本人国家メシアたちを配置され、この日が「天地が新しく出発する大統一の日」であり、「レバレンド・ムーンの最後の生涯の結実を結ぶ所がパラグアイ」であり、「天宙全ての復帰の中心的使命がエバ国にある」と語られました。レダがパンタナール建国の実体摂理であることは明らかです。ーOHS)


はじめに


2021年の半ばに発表した最初の証言は、サロブラとナビレケを救うための必死の行為でした。しかし今でも、これらの神聖な場所の重要性と、そこに込められた摂理を人々に理解してもらうことは困難です。


最初の証言が記される以前に、実はナビレケのホテルアメリカーノは、強盗に襲われ焼かれてしまいました。私の心は引き裂かれています。私は号泣し、今はもはや涙が出なくなっています。ここサロブラとナビレケで何が起こったかを、この世界は必ず知るでしょう。それを強調しすぎることはありません。私はそれを確信しており、私はここで起こっているすべての出来事の証人です。



地元の人々は実際に何が起こったのかを知っていて、サロブラとナビレケ両地域において起こったことに対する証言者たちです。今日、これらの人々は、この地域に足跡を残された文鮮明師が誰であるかを知っています。私は、私の証言を記録し翻訳することができる人々を通して、「パンタナールで何が起こったか」について、部分ごとに今後も継続して証言を残していきます。パンタナールに来られた真のお父様のボートの中では、本当に不思議なことが起こりました。もしあなたが本当に海洋摂理に興味を持っているなら... いいえむしろ、全ての食口は興味を持つ必要があるのですが...、あなたはここパンタナールで実際に起きたことの真実を知る必要があります。


私は将来、次のことについて語ろうと考えています。真のお父様はどのように神様を解放されたのか。なぜ真のお父様は、ジャルジン摂理をパンタナール摂理から切り離されたのか。パンタナールでの霊的摂理へ関与されたイエス様について。3億6千万双祝福と、いかにしてその祝福が可能になったのか。地獄の解放と、天国と地獄の間の門の開放が段階的にどのように起きたのか。ヒトラーや仏陀のような人々がどのように救出され、どのようにして彼らが以前に属していた霊的階層から連れ出されたのか。彼らが真のお父様をメシアとして、どのように受け入れたか。歴史的犯罪者たちはどのように祝福されたのか。朴マリアを赦された過程について。僕(しもべ)の僕の立場から出発された真のお父様が、王の位置を勝利され、宣布された瞬間について。真のお父様が2001年に去られた後、これらの神聖な土地で何が起きたのか。その歴史を保存するために私はどのように活動したのか。その時以来の全てを伝える方法を見つけるために私はどのように歴史を研究したのか。


しかし私には話せないことがあります。真のお父様は、ある内容について、私の黒い髪がなくなる60歳か70歳頃になるまで、「人々に話さないように」と私に命じられました。なぜお父様はそのようなことを言われたのでしょうか?


なぜ未来の世代だけが理解する内容なのでしょうか?真のお父様がこのことについて公然と話されたとしても、人々は理解しなかったからです。レバレンド・ムーンをも理解しなかったとしたら、どうやって人々は、私が言うことを理解するでしょうか。


しかしながら、現在起こっていることを見るにつけ、特に、パンタナールの歴史を軽視しているこの地の人々を見るとき、私はこの摂理についてもっと詳しく伝えたいと思うようになりました。


そのため、このメッセージは、私が将来伝えたいことを準備するためのものです。この証言は、海洋摂理とパンタナール摂理についてであることを、読者の皆様が覚えておいて下さることを願います。



私たちはまず心を開かなければならない


いかにすれば私たちは真のお父様と摂理を理解できるでしょうか。


ニコラ・テスラは、もし私たちが、エネルギー、周波数、振動を研究すれば、宇宙について驚くべきことを発見できると言いました。


今日、私は人々の心や精神が閉じているのがわかります。真のお父様は、「人々は韓国語を学ぶかもしれませんが、すべてを理解するわけではありません。しかし、彼らが心を開いた場合、彼らはすべてを理解するでしょう」と話されました。


イエス様は、いつもご自分の心、イエスの心情について話されました。イエス様がご自分の「心」を手に持って、それを人々に見せている絵画すらあります。なぜイエス様はご自分の「心」を取り出したのでしょうか?イエス様は「心」を見せることによって、人々に何を見せたかったのでしょうか?それは、「心が本質である」ことを見せたかったからです。なぜなら、心の「愛する気持ち」が人々に欠けていたものだったからです。


アダムとイブが堕落する前、神様はどのようにして彼らと話されたのでしょう? 120年間、ノアは箱舟を建てるために神様に忠実であり続けました。ノアはどのようにして、見えない神様と話すことができたのでしょうか。


それは「心」を通じてでした。神様には声がないので、私たちの心を開く必要があります。私たちが神様と意思疎通ができるのは、心と、心に強く結びついている良心の感覚を通してです。


私たちは良心に耳を傾けるとき、これをやるべきか、あれをやるべきか、それともこれは良いのか悪いのかを、心の中で感じることができます。あなたは感じることができます。しかし多くの人々はこれを心の中で感じていません。彼らはただ精神に耳を傾けるだけなのです。良心が精神に関係していると考えているのです。


非常に知性的な人もいますが、しかし心がない場合、ただ頭が良いというだけです。知性は、真の意味で神様を知る能力や、真の意味でイエス様や真のお父様の本質を理解できる能力を与えてはくれません。知性を持つことは、神様を知ることを保証するものではありません。もしそうであるなら、今日、大学に行って博士号を取得した人々がこのように多くの罪を犯すことはないでしょう。


一方、良い心を持ち、腐敗のない人は自然人です。このような人はシンプルな生活を送っていますが、その心の中には神様がいます。「真のお父様を中心にパンタナールで何が起こったか」を理解するためには、開かれた精神と開かれた心をもつ必要があります。


私自身、心を開いたかどうかはわかりませんが、しかし真のお父様は、すべてを体験し証人になることを私に許可されました。お父様は私に向かって「あなたは、ここで経験したことの全てを見ること、感じることを許された。この経験を保存しなさい。それはとても貴重です。それを人類に向かって明かしなさい。あなたはピーターパウロですから、使徒ペテロと使徒パウロの二人が一人の中にいます。このことを忘れないで、証を大切にし研究しなさい」と語られました。


私は、当時のお父様は私に大学に行けと言われたのかと思っていましたが、しかしそうではなく、それは私がこの摂理について勉強する必要があることを意味していました。


真のお父様の話のされ方


真のお父様は、もし誰かがお父様の心と繋がることができれば、お父様は7年間で驚くべきことをすると説明してくださいました。


あるとき、お父様が体を揺らしながら祈祷されておられるのを私は見て、お父様は何を祈っておられたのかと金会長に聞いてみました。お父様は、祈りの最中でさえも非常に敏感で、どんなに私が静かに話しても、頭を上げられ、私が何を話しているのかをお尋ねになりました。お父様はパンタナールについてすべてを知りたかったので、私が言ったことすべてをお聞きになりたかったのです。

金会長が、私がお父様の祈りについて尋ねていたことを説明したとき、お父様は座る方向を変えられ、私の顔をご覧になりました。当時私たちが乗っていたボートはアルミ製で長さ6メートルでした。お父様が私の方を向いて話し始められたので、私は理解しようと努力したのですが、頭が痛くなりました。お父様はこの様子を見られ、私が理解できるように、私とのコミュニケーションをさらに一生懸命に試みられたのです。


私がファーザー・ムーンとどのようにしてコミュニケーションをとったかを、人々は幾度も聞いて来ましたが、その質問は少し前提が違います。お父様を理解する能力を私が持っていたのではなく、お父様の能力が私とのコミュニケーションを可能にしたのです。それは言葉によるコミュニケーションではなく、感覚と心によるコミュニケーションでした。


ある日、お父様は「パンタナールに来る前、千年後にはサタンに関連するすべてのものがなくなるように祈っていた」と私に言われました。それを聞いた私は、「もし教会員たちがこの祈りを知ったら、千年が経過する頃には我々のうちの誰ももうその頃にはいないので、彼らは教会を続けたいとは思わないだろう」と思いました。

すると、お父様は私に向かって、「しかし、私がパンタナールに来て、パンタナールに出会ったので、すべては瞬く間に解決することができる」と言われました。この時、お父様は、「瞬く間」を表現するために両方の目で瞬きをされました。それからお父様は「7年以内にすべてが解決される」と言われました。お父様は指を動かして数字の7を描かれ、次に手を動かして「統一」を表現されました。


周りの人たちはお父様を「老人」と呼んでいましたが、私は「年取ったレバレンド・ムーン?」と首をかしげました。私は自分のことを強い人間だと思っていましたが、お父様のペースに付いていくには、過酷なほど真剣にならざるを得ませんでした。お父様のルーティンに従うことができる人は誰もおらず、私はお父様のルーティンに従うことを挑戦と思うと同時に、そのことに誇りを感じました。それで私は、お父様がボートでどこかに行きたいと言われたときは、お父様がボートに到着する前には、必ず私が先に到着するようにしました。私がボートに到着すると、お父様は3分から5分間のうちに到着され、それは競争のように感じました。私がこのようにすればするほど、お父様は私をもっと好きになられたようでした。


私は決して怠けませんでした。お父様と霊的な事柄に関わっていたので、私にとってそれは冒険であり、もっと見たいと思っていました。私は好奇心に満ちており、お父様が見ることのできるすべてのものを見たかったのです。私は、お父様が助けを必要としていることが分かりました。私は霊的に敏感なので、目の前にいるお父様が人々を救っておられるのがわかりました。しかし、私は誰にも何も言うことができませんでした。ですから、私がお父様を慰労してさしあげようとした一つの方法は、常にお父様と関わることでした。けれどボートを降りている間は、私はいつも大変な思いをしました。まるで現実に引き戻されるような感じで、お父様と共にいないことを寂しく思いました。そして今日まで、ずっとそうなのです。


神様や真の父母様と交流するためには、私たちは心を使う必要があります。真のお父様は、私と話すために沢山の努力をされ「心の言葉」を使われました。そして私もお父様の心を理解するために努力しました。


目的地に到達するまでの道程の重要性


レバレンド・ムーンが多くの人々のために結婚を執り行っていることをはじめて聞き、正装を身に着けた多くの人々で埋め尽くされたスタジアムの写真を見たとき、私は、「でもこの人は、今、私のボートの上で釣りをしている。私は、川の底で不思議な物事を見ているが、それはこの写真の中で起こっていることとは何の関係もない」と思いました。写真で見るお父様と実際に見るお父様は本質的に異なっていました。


私たちがひとつ理解しなければならないことは、私たちは真のお父様が成し遂げられたことを見て認識できるのですが、それを成し遂げるために真のお父様がたどらなければならなかった路程を理解しておらず、感謝していないことが多いということです。お父様は多くの公式宣言をされましたが、その前に必要な諸条件を達成されなくてはなりませんでした。



お父様が目的地に到着する前には、完了しなければならない困難な道が常にありました。たとえば、真のお父様は、パンタナールに来た当時は僕(しもべ)の中の僕の位置から出発されて条件を立てられ、その上で王の地位をパンタナールで獲得されました。しかし王冠は地球の反対側の韓国で受けられたのです。


そのように戴冠式は一日で起こりましたが、それは結果でした。その結果に到達するまで、真のお父様がパンタナールで膨大な霊的条件を立てられた路程があり、私は同じ場所でお父様を見守り、その作業に参加させていただきました。


もし読者の皆さんがサロブラについて私の最初の証言を読んでおられたら、真のお父様がサロブラで、サイン(しるし)を探されたときの3日間の条件について知っていることでしょう。その日、真のお父様は、「今日、私はここに来て3日間滞在します。私はサイン(しるし)を見つけに来ましたが、もし3日以内に見つからなければ、アフリカに向かって出発し、二度とここに戻ることはないでしょう。あなたは自分の責任を理解していますか?」と語られました。


その時、私はお父様に、「ミランダ川には魚がいないので、代わりにサロブラ川に行く必要があります。未だに誰一人足を踏み入れていないところがあります」と説明しました。お父様はそれを聞いてとても嬉しそうでした。お父様は、すぐそこに行ってその場所を見つけたいと願われました。


それで、私たちはそこへ向かいました。それまでそこにはどんなボートも入ったことがないということは真実で、私たちはその場所に入ることができました。この旅の詳細については、別の機会にお話しします。結局、お父様が見つけようとしたサインは、まだ誰も足を踏み入れていないこの場所とは何の関係もありませんでした。


3日間、お父様はサインを探し続けました。そしてお父様は、「それを見つけなければ、お父様はアフリカに向けて出発するだろう」と強調されました。しかし、お父様が探しておられたこのサインは何だったのでしょうか?


その当時、その釣りのスポットは私にとっては初めてであり、それはとても遠いところにありました。サロブラからそこに着くのに約3時間半かかります。そして下流にあるために戻ってくるのに約4時間半かかりました。しかし遂に、3日目の、私たちが帰る時間に近い午後3時30分過ぎに、お父様はパクーを捕まえられました。


そのようにして3日間の終わりに、お父様はパクーを捕まえることができたのですが、それは結果であり、お父様にとってより重要だったことは、そのパクーを捕まえることにつながった条件とその路程でした。


お父様は本当は何を探しておられたのでしょうか?お父様は歩むべき路程のために、真剣にその責任を持つ誰かを必要としていました。それで、お父様はそのような人を見つけて、結果としてパクーを捕まえたとき、お父様はここにとどまり、アフリカに向けて出発しないことを決断されました。なぜならこのサインは、摂理がこの場所で成されることを意味していたからです。


当時、その3日間、ボートにはもう一人の人が乗ってました。彼の名前はクーベー朴氏でした。彼はウルグアイから来た人で、サロブラで釣りをした初期の釣りの時、朴氏はお父様と私と一緒でした。 3日間の条件が完了し、サロブラから去られた時、私はお父様がアラスカに行かれたと聞きました。その後お父様がサロブラに戻ってこられたとき、お父様は沢山の釣り道具を一緒に持って来られたのですが、私にはお父様が別人のように見えました。お父様は真剣そのものでした。


このようにして、パンタナールでの霊的摂理の出発がなされました。


パンタナール摂理の二つの側面


パンタナール摂理の目標は何だったのでしょうか?真のお父様がサンパウロとジャルジンで幾度も説明されたように、南アメリカとパンタナールでの目標の一つは、理想的な村、国を建設し、エデンの園を復帰することでした。このことは1995年3月31日の第二次40年路程出発時のサンパウロ宣言で説明されています。


パンタナール摂理は二つの側面で構成されています。霊的な側面と実体的な側面です。


実体的な摂理はジャルジンのニューホープファームにおいて、パンタナールに実質的で具体的な国家を建設する試みによって始まりました。その摂理にはジャルジン 、サロブラ、ナビレケの三段階がありました。サロブラとナビレケは、世界最大の湿原地帯であるパンタナールにあります。


真のお父様は、パンタナールに「国」を建てたいと考えておられ、「理想村」または「復帰されたエデンの園」を建設するという表現もされました。国として、私たちは物理的な土地を持たなければなりませんでした。この土地は、誰一人として触れていない場所になければなりませんでした。


神様は堕落によって人類を失ったので、神様は地球上のどこにもとどまる場所がありませんでした。神様には神様が住むことができる国がありませんでした。したがって、この実体的な摂理の鍵となる目標は、「神様のための実体の国家を確立すること」でした。


この国は最終的にはパンタナールに建設されることになっていたのですが、それは最初にジャルジンで始まりました。国を建設するための実体的な摂理の段階は、ジャルジンで始まり、サロブラを通過し、ナビレケで完結するようになっていました。


パンタナールの霊的摂理


パンタナールの霊的摂理には、霊的国家の確立、地獄の解放、サタンの屈服、ルシファーの解放、そして神様の解放が含まれます。霊的国家の建設は、3億6千万双祝福を基台として行われました。


真のお父様は、7年の内にパンタナールの霊的摂理のすべてを解決することができました。その7年間で、お父様は神様の解放さえ、この場所でされたのです。真のお父様は、「パンタナールで過ごす一年は、お父様の10年の人生に等しい。ゆえに、パンタナールでの7年間の献身は、ここで70年を献身することに等しい」と言われました。お父様はこのことを幾度も語られました。それがお父様が一秒をも決して無駄にすることができなかった理由でした。


どのようにして神様の解放が起こるのでしょうか。神様の解放は、地獄が解放され、神様の苦痛の最大の源であるサタンが真の意味で悔い改め、ルシファーとして戻って来たときに初めて成されるのです。パンタナールで霊的な摂理を行っている間、お父様はイエス様と共に、この大きな目標に向けて細心の注意を払って歩んでおられました。


真のお父様はどのようにしてサタンの自然屈服が起こる原因をつくられたのでしょうか。真のお父様がパンタナールに来られる前、お父様はミハイル・ゴルバチョフや金日成のようなサタン側の実体的な中心人物たちと会い、真の愛で彼らを屈服されました。


お父様がパンタナールに来られたとき、お父様は、サタンの霊的な中心人物であった、地獄にいる最悪の犯罪者たちを、再び真の愛で解放されました。このように、サタンの影響は、肉界霊界の両方の世界で、真のお父様によって一つずつ無力化されていきました。サタンもまた、この過程を通して真のお父様の真の愛を感じたのです。


真のお父様がパンタナールで成し遂げられた重要な路程の一つは、朴マリアを赦すことでした。彼女は洗礼ヨハネのように失敗した人物であり、韓国で真のお父様を拒絶したキリスト教に対して重大な責任を負っていました。


朴マリアを赦すことは、真のお父様にとって非常に難しいことでした。なぜなら、この人と韓国キリスト教がお父様を拒絶したがゆえに、統一教会を設立し、第一次40年路程を歩まなければならなかったからです。それでも真のお父様は、すべての人類の真の父母としての真の愛を証明するためには、朴マリアを赦さなければなりませんでした。お父様はルシファーを解放する前に、この路程を歩む必要がありました。サタンに対して真の愛を証明しなければならず、それなくしてはサタンが屈服することはなかったからです。朴マリアについては、将来もっとお話いたします。


最終的に、3億6千万双祝福によって霊的な国家が作られていくのを見たとき、サタンは真のお父様と戦う意志を失いました。このようにしてサタンは、1999年3月21日、サロブラに落ちてきました。


サタンの自然屈服によって、ルシファーは解放され、神様はついに、神様の前で悔い改めたルシファーに会うことができました。 5月14日、真のお父様とサタンが待っていたナビレケのアメリカーノホテル14号室に神様が到着されたとき、神様の光が小さく見え、私は、神様がその場の状況に困惑されていたように感じました。しかし、サタンが頭を下げ、ルシファーとして明るく輝いて立ち上がった後、神様の光がとても強く輝き始めました。神様はその時に解放されたのです。



パンタナール摂理は水と霊の摂理であり、(エデンの)園またはジャルジン摂理は土地と実体の摂理です。霊的摂理は、ルシファーを解放し、神様を解放し、霊的なエデンの園と霊的な国家を確立することです。お父様はこの仕事を7年間で完了されました。すべてが成されたのです。


実体的な摂理は、全人類を解放する摂理です。これが残されたやるべきことです。


ジャルジンとパンタナールにおける摂理の分離


1997年の初めに、真のお父様は、ジャルジンとパンタナール摂理を分離するためにお祈りされました。真のお父様はボートの上で、ジャルジンとパンタナールは別れるべきだといつも私に説明されました。お父様が分離を行った時、ジャルジンは実体的な摂理を表し、パンタナールは霊的な摂理を象徴していました。



なぜこれらの二つの摂理を分離する必要があったのでしょうか?一つの理由は、ジャルジンで始まった実体的な摂理に多くの問題があったからでした。もともと、これらの二つの摂理は統一して行われるべきでした。しかし、真のお父様はジャルジンの実体的摂理は時間がかかりすぎると考えられ、7年間で霊的摂理を完了することができるように、ジャルジンを霊的な摂理から切り離すことを決められました。


真のお父様はまた、「実体的な世界の問題を解決するためには、まず霊界を整理しなければならない」と言われました。そのため、ジャルジンで始まる実体的な国家を建設するための摂理に先立って、サタンの霊的な屈服とルシファーの解放が、まず最初にパンタナール(サロブラとナビレケ)で成されることになりました。


こうして、真のお父様はその7年間で霊的な摂理を完了されました。お父様は僕の中の僕としてパンタナールに来られましたが、王として勝利を収められました。パンタナールに国家を建設するための実体的な摂理は正しく進んでいないのですが、最終的にそれは起こらなければならず、霊的な摂理と実体的な摂理が一致しなければなりません。


霊的摂理は、エデンの霊的な側面の復帰を可能にしました。真の御父母様はアダムとイブとして立たれ、ルシファーは元の位置に戻り、神様は解放されました。しかし、実際のエデンの園は復帰されていないのです。神様は解放されましたが、未だにこの地球上に住むことのできる一つの国がないのです。パンタナールの国を樹立するための実体的な摂理は、この目的のために完了する必要があります。


ノアの時に始まった水の摂理


水の摂理、海の摂理、そしてパンタナールの摂理はすべて一つであり、同じものです。


私たちがイエス様の路程を分析してみると、イエス様もまた海の摂理に関わっておられました。イエス様は大工の店で大工として育ちました。イエス様は12歳から33歳まで何をされたと思いますか?イエス様は真のお父様がそうであったように、海洋摂理を築くためにボートを造っておられました。イエス様はそのための準備をしていましたが、当時の多くの問題のために、その道を進むことができませんでした。イエス様が海の摂理に関与されていた事実は、ごく少数の人々に知られています。


海洋摂理の深さとその広大さを説明することは難しいです。


お父様が北朝鮮から逃避されるとき、人を背負って川を渡られたという話があります。お父様は、「この出来事でさえ、海洋摂理が関わっていることを表している」と言われました。この出来事は、お父様が人を救うために、サタンがお父様の足跡をたどることができない水の上を渡られたということを表しています。


一度、私たちはパンタナールの川岸で立ち往生している少数の人々を助けたことがあります。彼らのボートは故障していて、彼らのキャンプまで戻してあげるのに長い時間がかかりました。その寒い夜、彼らは懐中電灯なしで、蚊とジャガーの危険にさらされる辺ぴな場所に取り残されていたのです。


当時、パンタナールの人々は文師をとても悪く考えていましたが、それでも私たちはそれには関係なく彼らを助けました。私たちはその人々を安全なところまで運んであげました。その日を通じて、海洋摂理がどういうものであるかが表わされ、そして、真のお父様が、他のすべての重荷を背負いながらも、すべての人類を救う能力を持っておられる方であることが示されました。ちょうどお父様が韓国でなされたように、お父様はここパンタナールで同様になされたのです。


以前、私は、ヒトラーのような犯罪者たちを救うためにどのようにお父様がボートから釣りをされたかについて説明しました。なぜ真のお父様は、ボートから釣りをするという行為によって霊たちを救われたのでしょうか。その理由は、海洋摂理がどのように始まったかを考えることによって説明することができます。実は、海洋摂理はノアの時代から始まりました。アダムの家庭が失敗した後、ノアの摂理は神様の最初の摂理でした。


カインが最初にアベルを殺したとき、そして他の人々が死んだときにはいつも、これらの霊はいったいどこに行ったのでしょうか。彼らは天国に行く準備ができていませんでしたし、地獄もありませんでした。神様は地獄を作ることを計画したり望んだりされませんでした。


では、人々が天国にも地獄にも行くことができなかったとしたら、これらの霊はどこにとどまっていたのでしょうか。彼らは地上の人々と混ざり合っていました。彼らは本質的に目がみえず、彼らはもはや神様と交信する能力を持っておらず、地面にとどまるしかありませんでした。その時点で、世界はとても罪深く悪に満ちていました。そしてそれが大洪水の理由の一つになりました。地上の罪悪に陥った人々を清めるだけでなく、洗い流されなければならない悪霊がたくさんいたからです。


水が霊たちを洗い流したとき、自らが犯した過ちに気づき、裸のように感じ、隠れたいと願いました。彼らが隠れるための唯一の方法は地下に行くことでした。このようにして隠れ始めたのは人間たちでした。神様は水面上におられ、自分自身が死んでいることがわかった霊たちは、神様の前にいることに耐えることができませんでした。たとえ彼らが神様と共にいようと試みたとしても、彼らは神様の光を見ると恥ずかしくなり、暗闇の奥深くまで旅をしたのです。このようにして地獄がつくられました。


洪水の後、ノアたちに何が起こったのでしょうか。ハムがノアに対して罪を犯した時には、もはや彼らは船の中にいたのではなく、すでに着陸していました。箱舟はまだ無傷であり、神様の希望は箱舟の中にありました。人が船を出て外界に出たとき、彼らは罪を犯しました。ノアの家族が箱舟にいたときには、ノアが精誠の心で築き上げた条件によって、サタンは箱舟に入ることができませんでした。しかし、人が箱舟の外に足を踏み出した瞬間、大地と人は、いまだにサタンの影響下にありました。

このような事が起こった理由は、前述のように、ノアが、彼の絶対信仰と箱舟の建造によって立てた条件のゆえです。神様は外界の人と一緒にいることはできませんでしたが、船の中で神様は人類と一緒に居られることができました。箱舟の中のすべてが神様の支配圏にあったためです。箱舟はノアの神様への信仰によって建てられ、箱舟の中にノアは神様の創造物のすべてを入れました。そのため、船の中に神様は居られることが出来たのです。


では、何の審判も受けなかった魚についてはどうでしょうか。これは、魚がすでに神様に属していたことを意味しています。サタンは海には何の関心ももちませんでした。サタンの興味は地上、エデンの園に注がれていたので、水はどうでもよかったのです。


したがって、ボートは神様の主管圏を表しています。なぜ、真のお父様がボートに乗られ、水の上から釣りをすることによって霊たちを救われたのかという理由が、ここにあります。真のお父様が釣りという行為を通して霊たちを地獄から救い出されるとき、魚をボートに釣りあげることは、霊を神様の領域に戻すことを意味します。そして、なぜ魚は犯罪者を表したのでしょうか。それは魚が純粋だからです。洪水の時でさえ、魚は審判されませんでした。なぜなら魚は純粋なので、真のお父様に霊たちを連れてくることができたのです。


真の御父母様は私たちの助けを必要とされている


真のお父様が地獄から犯罪者を救出しようとされるときに、魚(が掛かった釣り糸)がしばしば水中の枝に絡まり、魚が上がってこないので、誰かが命の危険を冒してでも水中に飛び込み、魚をボートまで引っ張ってくる必要がありました。この事実は、真のお父様が人間社会の複雑な問題を解くためには、私たちの助けを必要としているという事実を表しています。そしてこのプロセスは簡単に実行されるものではありません。全人類を救うためには、私たちは、生命をかけるようなことがあっても、真の御父母様を助けなければなりません。


真のお父様は、常に、「誰かがわたしと一つになり、わたしを信じるなら、7年以内にすべてを解決する」と言っておられました。そして7年間で、お父様はすべてをパンタナールで解決されました。


真のお父様が助けてくれる人を探しておられるということを理解するのは重要なことです。私のような原理を知らなかった者でさえ、歴史上の犯罪者たちの解放という偉大な仕事のために必要とされておられました。


すべての協会員は、神様と真の御父母様が、実体的な摂理を完了するために、御父母様を助けることのできる人々を今もなお探しておられることを、明確に理解する必要があります。

 

パラグアイのフェルトオリンポ


サタンが屈服した年である1999年以前の時期に、私がボートの外の場所で経験したことについて少しお話したいと思います。


1998年、3億6千万双祝福の第一段階が成就されることによって、地獄の門が開かれました。お父様が私に、パラグアイのフェルトオリンポ(ナビレケから約15分のところにある非常に小さな町)に一緒に行くように言われたのはその時でした。お父様はそこで、国家メシアのための40日修練会を始めておられました。

お父様が私に一緒にフェルトオリンポに行くように願われた時、私はお父様の目に懸念を感じ、助けを必要とされていると感じました。お父様は誰かを必要としていました。その瞬間、私は「あぁ、私はサロブラでレバレンド・ムーンとたくさんの事をした。それなのに私にさらにフェルトオリンポに行くことを望んでいる。あそこの川でも水中で奇妙なものを見続けるようにするのだろうか」と思いました。


フェルトオリンポの近くにあるナビレケ川自体は深くはありませんが、ピラニアやジャカレ(ワニのような爬虫類)がいるので、もっと危険です。そこは非常に複雑な場所であり、そこで何が起こるか、私にもわかりませんでした。しかし私は、お父様が理由なく私にそのようなことを求めないだろうと考え、また私が一緒に行かなければ、お父様は私に代わる誰か他の人を見つけなければならないことが分かりました。


それで私はお父様と一緒に行くことにしました。当時、朴マリアに関して起こったことなどを含め、ナビレケで私が何を体験するかについて想像もできませんでした。


フェルトオリンポに到着するやいなや、私たちはナビレケで釣りをしました。そして釣りの3日目に、お父様は、私がサロブラに戻って緊急にしなければならない仕事があるかどうか、私にお尋ねになりました。私はお父様にノーと言いました。お父様は私に、ならば滞在して、国家メシアと共に40日修練会に参加してほしいと言われました。当時、私は修練会がどういうものか全く理解していませんでした。私はその頃すでに婚約していて、結婚する準備をしていました。お父様が40日間と言ったとき、私は婚約者を失うのではないかと心配しました。


お父様は私に向き直り、「フェルトオリンポには釣りのできるグッドゴーというボートがすでにある」と言われました。その時、私は40という数字のことを考えていました。それは一カ月以上の長さだからです。結局はその修練会に参加すると決めたのですが、それでも、私は40日の全期間滞在しないための言い訳を頭の中で探していました。


私が参加するかどうかを答える前に、お父様は「あなたが私と一緒にいるなら、あなたはとても有名になるだろう」と、笑顔で私に言われました。


これがパンタナールを救うための秘密だったのです。私がパンタナールを救うことができる唯一の方法は、有名になることでした。


お父様と会う前、観光船の船長を務めていた時は、アナコンダやジャカレを人々に見せてあげました。ターザンやオーストラリアのクロコダイルダンディーのようになりたかったのです。私はパンタナールのピーターパウロとして注目を浴びて、そのように有名になりたかったのです。しかし、誰もこのことを知りませんでした。私はこれを誰にも話したことがありませんでした。


私は有名になりたかったのです。そうすれば私は、自分の人生で何かを達成することができると思っていました。そして、真のお父様が笑顔で私を見ながら、「あなたは有名になる」と私に言われたとき、それはまるでお父様が、私に向かって「あなたの秘密を知っているよ」と言っておられるかのようでした。しかし、お父様の目は別のことを表現していました。お父様は私を強制的に留まらせることはできませんでした。サタンを屈服するためにお父様がされていた全てと同じように、それは自然でなければなりませんでした。自然である必要がありました。当時、私は原理を知りませんでした。自然であるならサタンは何も非難できないということを教えてくれる人は、誰もいませんでした。


サタンはお父様に、「パウロは原理を知っているのであなたに従った」、または「彼はメンバーだったのであなたに従った」と言うことができません。お父様が私の決定に干渉されなかったので、サタンはお父様を非難する方法がありません。私の判断はすべてとても自然なことでした。それは信仰でも従順でもありませんでした。それは私がお父様を助けたかったからです。


私の婚約者は状況を理解していましたが、彼女の両親や友人は、しばしばお父様が私を彼女から盗んだと非難しました。そういう人々の話を聞かないようにしなければなりませんでした。私の婚約者は私の決定を支持し、私に留まるように言いました。お父様が私にどこに行ってほしいのか正確には知りませんでしたが、お父様が私を呼ばれるところには、どこにでも行くことを、私自身が知っていました。


それで私は滞在することに決めました。そして最終的には、私は40日間だけではなく、5カ月間滞在しました。


国家メシア修練会


なぜ真のお父様はこの辺ぴな場所で国家メシアを訓練されたのでしょうか。なぜ国家メシアや他の教会指導者たちは、この場所で毎日釣りをしなければならなかったのでしょうか。


その理由は、この場所が「新しい始まり」であり「原点」だからです。国家メシアは、霊的摂理の中心的な場所であるこの場所で、真の御父母様の勝利を継承し、それから、その基盤を世界160カ国に、横的に拡大することになっていました。そして、国家メシアは、真のお父様がされたように、ボートからの釣りを通して、この霊的な基盤を継承することになっていました。

私が国家メシア40日修練会に参加することを決めたとき、修練会には国家の指導者しか参加していなかったので、人々は私が参加するべきかどうか疑問をもちました。私は当時食口でさえなかったので、リーダーたちにとってこの状況を理解するのは困難でした。多くの人々にとって私はただの子供だったので、彼らは私が国家の指導者だけのための修練会に参加することを疑問視していました。


その時、お父様はすでに「根源」について話しておられたので、私に決してパンタナールを離れないことをお父様と約束するように願われました。お父様は私を「パンタナールの国家メシア」に任命されたのです。他の人たちが好むと好まざるとにかかわらず、私はパンタナールと一体であり、それが私がパンタナールにつながっている理由です。


修練会では、参加者は40尾のパクー、40尾のドラド、40尾のピンタド、40尾のピアウサス、またはボガを捕まえる、という条件を完了する必要がありました。パラグアイではその魚をボガと呼び、ここブラジルではそれをピアウサス、または大きなピアウと呼びます。この条件の内容はサロブラで決定されました。お父様は当時、私にその地域にどんな種類の魚がいるのかと尋ねられました。お父様がどの魚を条件の一部にするかを決定するために使用した魚の名前のリストと写真が載ったオリジナルのパンフレットを、今でも大事に保管しています。


サロブラでは、私たちは小さなボートを使用しました。そしてボートの上には、お父様と私、ときどき金会長が一緒にいました。フェルトオリンポでは、28フィートのグッドゴーを使用し、お父様は4〜8人をそのボートに招待されました。私たちが釣りを終えてボートを降りるときはいつでも、私は同乗した国家メシアたちも助けなければなりませんでした。真のお父様は、私に他の修練会参加者と同じように釣りをするように言われましたが、私が釣りをしようとすると、他の参加者は、私は釣りをするのではなく代わりに彼らを助けなければならないと言って、私が釣りをすることを嫌がりました。


私はお父様に、「他の参加者のように釣りをするべきでしょうか」とお尋ねしたところ、「そうだ」と答えられました。私は、「しかし他の人が私に釣りをさせません」とお父様に申し上げたところ、お父様は、「釣りをする方法を自分自身で見つけなければならない」と言われました。最初のころ、私は釣った魚を記録せずに、可能な時はいつでも釣りをしました。しかしお父様は私に、「いつ、どこで、そして毎回釣った魚の種類を書き留めるように」と指示されました。そしてお父様は、「あなたは私に直接報告するように。160尾、各種40尾を捕まえなければならない」と言われました。


最初に修練会を通過したグループは韓国人の最年長メンバーで、次に他の韓国人、日本人、そして西洋人たちが通過して行きました。私は統一教会の一番初期のメンバーと共に修練会に参加し始めました。


度々、お父様はフェルトオリンポを去られ、釣りに来られませんでした。私は給料も契約もありませんでしたが、修練会にとどまるという約束を守り、参加者を助け、可能な限り釣りをしました。


しかし、西洋のメンバーが来る頃には、釣りの季節はすでに終わっていたので、彼らは実際には釣りをすることはできませんでした。当時、パンタナール地方での釣りは、魚資源を回復させるために11月、12月、1月は禁漁期間でした。この期間はピラセマと呼ばれ、この期間に魚は産卵と繁殖のために上流に向かって泳ぎます。